| Home < 商品一覧 < 浅野陽の食と器と日本人 |
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どこの本でも触れていないことが、一つあります。それは、なぜ、私たちが日本食と日本の器にこだわるのか? なぜこれらを守っていかなければならないのか、という日本人としての根源の部分です。これが陶器を作る上でも私の根本であります。
浅野陽
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| 本書の内容 |
浅野陽の作品などカラー写真150点収載
B5判変型/80ページ /オールカラー/定価 1,680円(本体1,600円+税) |
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第一章
海の恵み、山の幸、豊かな日本の食の源流 |
一生かかっても食べきれない日本の魚
日本料理に奥行きを与えた発酵文化
日本人の食に光を当てた「粋」な江戸っ子気質 |
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第二章
畳に座って食べる。いすに腰掛けて食べる |
漆の箸で食べる。金属のスプーンで飲む
食器を唇に触れて食べる
鎌倉仏教の普及で発達した陶器の世界
豊かな陶土の賜り物。生活のための陶器型
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第三章
世の中が動く 工芸も新しく |
へた皿 陶板
お預け徳利 天目茶碗と壊れない湯飲み
さかずきとぐい呑み 麦酒呑
利き酒用片口 私の抹茶茶碗
爼皿 大皿 中皿/陶箱/つぼ/陶板 |
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第四章
私の四季の楽しみ方 |
春 日本列島大断層地帯を縦断する旅。山菜の季節に野沢温泉へ
春 「永楽屋」の山菜料理
夏 ハモとじゅんさいを食べに京都へ
夏 日光きすげを愛でに初夏の車山高原へ
夏 我が家のもてなし。冷たいビールで
初秋 我が家のもてなし。日本酒で
冬 餅つきの宴 |
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第五章
職人さんとの出会い、小宇宙の発見 |
二人で語る「みかわ」の早乙女哲哉さんと
二人で語る「女鳥羽そば」の武井昌孝さんと |
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| 大正 |
12年 |
東京都本郷に生まれる。 |
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| 昭和 |
16年 |
東京美術学校工芸科漆工部に入学する。
磯谷阿伎良、内藤四郎、富本憲吉、加藤土師萌に師事。 |
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21年 |
東京美術学校卒業。 |
| 24年 |
東京芸術大学講師となる |
| 37年 |
朝日陶芸展に入賞。 |
| 38年 |
日本伝統工芸展に出展。 |
| 41年 |
東京・新宿伊勢丹にて第一回個展開催。
以後、日本橋三越、寛土里、壺好において個展を隔年開催する。 |
| 42年 |
日本工芸学会正会員になる。
神奈川県南足柄市に居を構える。 |
| 45年 |
フランス・バロリス陶芸ビエンナーレ展出品。名誉参加賞受賞。 |
| 54年 |
東京芸術大学教授となる。
「酒飲みのまよい箸」(文化出版)刊行。 |
| 55年 |
「和食器の盛りつけの手本」(世界文化社)監修。 |
| 58年 |
「技法入門シリーズ・陶器を作る」(講談社)刊行。
アメリカスミソニアン美術館、イギリス・ビクトリア美術館における「日本現代陶器展」に出品。
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| 59年 |
「現代日本の陶芸第七巻・伝統と創造の意匠」(講談社)に執筆。
「週刊朝日」に「浅野陽の料理三昧」を一年連載。 |
| 60年 |
「月刊栄養と料理」に「食べる器」を一年間連載。 |
| 62年 |
天満屋福山店にて個展。 |
| 63年 |
「浅野陽の味知歩き」(文化出版局)刊行。 |
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| 平成 |
元年 |
東京芸術大学陳列館で、退官記念展を開催。 |
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2年 |
東京芸術大学を退官。東京芸術大学名誉教授となる。
日本橋三越にて退官記念展を開催。 |
| 4年 |
「浅野陽のやきもの塾」(講談社)刊行。 |
| 9年 |
「新版・酒呑みのまよい箸」(講談社)刊行。 |
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9年8月 |
逝去 |
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