群羊社事典 < 事典5
食材と料理の点と線(1冊の本のはじまり物語)
 「食と器と日本人」の企画は、講演会で聞いた、陶芸家で食通でもある浅野陽先生のお話がきっかけでした。
 春になると南洋から黒潮にのり、日本近海を北上、北海道南沖でUターンして、再び黒潮に乗って南下する「かつお」。4月頃土佐沖を、初夏には相模湾を通過するのですが、面白いのは、そのおいしい食べ方。土佐では土佐造りといって、たたきが有名です。土佐沖を北上する頃は、まだ若くて身も柔らかいので、外側を火であぶって硬くし、すぐに氷水でしめ、さらにかんきつ類の酢でしめるといった具合に、3回にわたって身を引きしめていただく料理が生まれたそうです。

 ところが、江戸っ子の口に入るのは、6月ごろ相模湾にきた上りかつお。もう成熟しているため、土佐造りのように引きしめる必要はなくて、刺身で初がつおを楽しんだそうです。背側は皮を引いて普通の刺身につくり、腹側は皮つきのまま二度引きにするのは、空気との接触面を多くするため。アミノ酸は酸素と接触することで、うま味が増すからだそうです。

 この話を聞いて感動しました。一つの食材と料理の出会いが、日本列島、黒潮を背景に、見事に一つの絵におさまっている。点と点がつながって、線が見えてくる。なんという壮大な絵。すぐに本をお願いすることにしました。
 この本の編集も、1年以上かけて、全国各地で取材をしました。しかし、本の完成を見ることもなく、先生は病魔に襲われ、あの世へ旅立たれてしまいました。

 まもなく、色校正刷りが出ようという頃、入院先の病院のベッドで横たわっている先生と、奥様の口述筆記により出版契約書を交わしました。出版も確定的となって安心されたようで、それから1週間もたたないうちに、「もう思い残すことはない」という言葉を最後に、永眠されました。
 完成した本をお届けしたのは、六本木のお寺での告別式。遺影とその横の見本誌に合掌しながら、焼香。悲しい出版披露となりました。
  1冊の本との、すばらしい出会いに感謝と乾杯!