| 群羊社事典 < 事典1 |
| 羊の群(むれ)って強い?弱い?「群羊社」の社名のいわれ |
| 群羊社は1978年(昭和53年)10月1日、高田馬場で第一歩をしるしました。約2年後の1981年(昭和56年)1月10日に株式会社となり、今年(2003)で創業以来25回目の誕生日を迎えます。 社名は、いくつかの案から「群羊社」に決まりました。最後まで候補に残ったのが「出帆社」と「群羊社」で、同音異句の2案。帆をあげて港から出発していく「出帆」の名も捨てたものではなかったのですが、電話応対のシュミレーションをしてみたら、「しゅっぱんしゃでーす!」では「はぁ?社名は?」と問れそうなので、「群羊社」にしました。 群羊社の誕生から約半年後、「おいしゅうございます!」で有名な岸朝子さん一派の「エディターズ」が誕生したのですが、「これからの社名はカタカナでなきゃぁ」っていっておられたのを覚えています。でも、私はやはり日本文化と切っても切れない漢字の並びにしてよかったと思っています。創業まもないころ、まったく無名だったにもかかわらず、群羊社というと、不思議なことに「ああ、あの群羊社」などと、まるで昔から知っていたかのような反応があったり、「キリスト教と関係あるのですか?」とよくたずねられました。群羊社の名前にはそんな響きがあったようです。 「群羊」を社名に用いた理由は、いくつかあります。 第1の理由は、出版とは深い関係のある紙のルーツがパピルスや羊皮紙であったことです。 第2は、羊は、紙を食べて育つという寓話からです。 第3は、創立者の私が干支(えと)が未(ひつじ)であったからです。ちなみに群羊社の創業日は私の35歳の誕生日でした。 第4は、「群羊を駆(か)って猛虎を攻む」という中国の古典の一文にひかれたことです。『戦国策』という古典で、中国の戦国時代の諸子百家(しょしひゃっか/春秋戦国時代に現れた思想家の学派の総称)の一つである縦横家(しょうおうか)が、諸候に述べた策略を国別に集めた書だそうです。 『戦国策』ではなく『史記』を出典としている本もあります。『史記』とは二十四史の一つ。黄帝から前漢の武帝までを記した歴史書。130巻あり紀元前91年ごろ司馬遷による編著とされています。どちらが正しいか知っている方はぜひお教えください。 「群羊を駆(か)って猛虎を攻む」の意味は、「勝ち目がないのに、弱い国々が連合して、強い国を攻撃することのたとえ」と広辞苑にはあります。これは勇敢ともとれますが、どうも愚なことのようです。 「どうせ、か弱い人間なんだから、勝ち目はなくてもトライしてみよう」「英知を結集して大手出版社に勝つのだ!」といった、独立に当たっての熱い思いをこのネーミングに込めたのです。 (2005、藤原眞昭)
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