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江戸時代の調味料・煎(い)り酒に出会える店・おかず横町の都寿し

 大江戸線の新御徒町駅から5〜6分のところに「おかず横町」があります。かつてはコロッケや天ぷらなどお総菜店がずらり並ぶ横町として賑わっていたそうですが、最近はコンビニなどに押され気味とのこと。そのはずれにあるのが「都寿し」。このお店で面白いのは、江戸の庶民にしょうゆが普及するまで、寿司につけていた調味料「煎り酒」が味わえることです。あの発酵学で著名な小泉武夫先生もよく紹介されているお店です。
 自家製の「煎り酒」は、日本酒に梅干しを入れて煮詰め、削り節を加えてさらに煮詰めて作るそうです。透明感があり、うま味と酸味が適度に調和、さっぱりした食味が特徴です。カウンターに座るとまず問題の「煎り酒」でヒラメの昆布〆を、次いで中トロをいただきました。にぎり寿司もこのうえもない美味!特に江戸前のコハダは見事でした。満足度100%の勘定は、酒込みで2人で15000円。
 江戸に寿司屋が現れたのは赤穂浪士の討ち入り(元禄15年=1702)より20年ほど前の貞亨年間(1684-1687)、にぎり寿司は、文化(1804-1817)のころ本所横網町・華屋与兵衛、深川・松ケ鮨あたりが最初、という説が有力だそうです。このころのにぎり寿司は、コハダやアジなど近海魚(江戸前=多摩川河口から江戸川河口までの約30km圏の海や川でとれた魚)が中心。マグロは新しいものが手に入らず、入っても保存がきかないのでしょうゆにつけて「づけ」として食べていたそうです。寿司と名コンビのしょうゆは、上方で発展して江戸に送られ「下りしょうゆ」として値段も高く高級品扱いでした。17〜18世紀にかけて、江戸が大消費都市として発展するにつれ、霞ヶ浦の大豆や筑波の小麦などの良質原料を確保し、利根川や江戸川の水路を利用するなど、地の利を生かして発展した地回りしょうゆが普及します。ヤマサ、ヒゲタ(銚子)、キノエネ、キッコーマン(野田)などのしょうゆメーカーの前身となるものです。安い地回りしょうゆの普及によって、しょうゆが江戸庶民の間にも普及し、この「煎り酒」もすたれていったのでしょう。発酵食品への日本人の知恵がうかがえます。   
(藤原眞昭)


★都寿し  東京都台東区鳥越1-9-2 tel・fax 03-5822-7777 
      (大江戸線新御徒町、日比谷線仲御徒町、JR御徒町から徒歩5〜10分)     
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