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屋台を絶やすな!
 道路脇に並ぶ屋台や朝市などは、人工的な食空間ではとって代わることのできない、いやし効果のある心のオアシスです。これは残すべく食文化の一つです。道路の邪魔者として規制しかできない石頭の行政は、創造力に欠けています。大道芸人を保護した都知事の柔軟性を見習うべきです。


 屋台といえば全国的に有名なのが博多の屋台。天神、中洲を中心に200軒あまり。心地よい裸電球の明かり、狭いスペースでの客同士や店主とのふれあい、替え玉で有名なラーメンをはじめ、おでん、焼き鳥、天ぷらなど、各店で工夫した安くてうまい料理の数々。この博多の屋台が、消える運命にあります。

 博多の屋台では規制強化の波とのせめぎ合いが続けられてきました。営業が認められていない道路(歩道)上での営業であるという理由以外にも、通行の邪魔になったり、歩道を汚したり、悪臭やゴミの放置、立ち小便、さらに、不当料金といった困った問題点もいくつかあったようです。

 博多の屋台は、道路交通法に基づく警察の道路使用許可と食品衛生法に基づく市長の営業許可によって営業が行われています。さらに、道路管理者(市長)による道路占用許可が必要だそうですが、福岡市は観光収入への配慮からか黙認してきたようです。
 しかし、1994年にはついに「屋台は営業者一代限り、以後は許可しない」というお達しが出され、それに伴って台数が減りはじめ、現在ではピーク時の約半分。今後もさらに減少が予想されています。

 困った問題点はあるものの、屋台が消えていくのはさびしいものがあります。
 18世紀の江戸中期。経済が発達し、花見や芝居見物などとともに外食も人々の娯楽として盛んになってきました。江戸、京都、大阪といった大都市ですしや天ぷらの店が店先に屋根つきの台(屋台の語源)を置き、通行人に売ったのが屋台の始まりとされています。商人や職人、下級武士、浪人などでにぎわったことでしょう。
 楽しい食事は、昔も今も庶民の第一級の娯楽。屋台や朝市、縁日などの雰囲気は人工的に計算された飲食店ではとって代われない食の文化です。

 古代の建築物が国宝や重文として保存されるように、屋台や縁日、朝市などの庶民の生活文化も伝承されてしかるべきです。それだけの価値は充分あると思います。それを堅苦しい考えで規制しかできない行政の石頭は、情けない限りです。
ニッポン食育フェアの会場内
人気の博多の屋台のガイドブック。
東京・入谷で毎年7月6・7・8日の3日間開かれれる朝顔市。
東京・浅草寺の境内によしず張りの露店が約250店軒を連ねるほおづき市。手吹きガラスの江戸風鈴が風にそよぐ。
縁日には欠かせない屋台。広島焼き。
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