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食の仕事人 100番勝負 vol.10

パーツ情報を全体像でチェックする「問題点の地図」づくり
食生態学のパイオニア 足立己幸先生
群羊社の「実物大・そのまんま料理カード」シリーズでもおなじみの、女子栄養大学・大学院教授 足立己幸先生の「最終講義」が満員の受講者を前に同大学で行われました。
 足立先生は、東北大学農学部で基礎研究を学び、卒業後は行政(東京都)の公衆栄養担当として実践活動を重ねられ、女子栄養大学で教育・研究の場に身を転じられたのは1968年4月のことでした。
 「栄養指導が学問かどうか確かめてほしい」−当時の香川綾学長から与えられた宿題への答え探しの研究・教育活動がスタートしたと足立先生は述べています。

 人間にとって食とはなんだろう? なぜ人間は食べるのか? 人間らしい食とは?−いわば「人間食べること学」が足立先生の目指す研究課題でした。これを授業科目にしたいといったところ、「かな」交じりの科目では文部省の助成金がもらえないという意見もあり断念。食生活学、食人間学、食社会学などたくさんの候補の中から「食生態学」に決まったそうです。「研究の自由があって面白い!」吉川春寿副学長(当時)はそうコメントされたそうです。
 それから38年間、新鮮で創造的な発想力と熱い想いでもって、教育、研究、社会活動を舞台に、多彩な「ADACHI WORLD」が展開されてきました。
 以下に、「最終講義」の一部を抜粋、要約してご紹介しましょう。ちょっと難解な表現があったこと、多くの図が用いられたことから、一部は取材者の「意訳」的まとめとなっています。

 「栄養指導は学問たりうるか?」の答え探しにあたって、(1)人間にとって食とはなにか (2)食を形成していくにはどうすればよいか、という2つのアプローチを試みました。前者については、暮らしや環境とのかかわりと、食行動の要因とその形成のしくみを明らかにする必要がありました。このアプローチ法は、後の食生態学の理論モデル(食行動モデル、食環境モデル、食形成モデル、食教育モデル)につながります。
 この仮説をベースに、地域全体を大きな絵にしてみました。まず食の構成要因としての人間と食物、その両者の関係が育まれていく舞台としての地域や環境があります。

 これに、食事づくりとして世界的な食料生産、食品化、料理化、食事化などのプロセスが加わり、食の伝承として食べることそのものや教育的なものが加わります。情報についてはどこから発信されてどんなルートで受信されるか、食物へのアクセスはどのようなルートなのか、などもつけ加えていきます。
 このような細かいパーツを書き込んだ全体図をいくつも描いていたとき、あるとき面白い図に出会いました。
 吉川春寿先生の担当されていた公衆栄養学の授業を引き継ぐことになったころ、日本ではまだ参考書がほとんどなく、なにがなんだかわからないまま、海外の文献を読んでいたら、その図を見つけたのです。図にあった「human nutrition」の部分はよくわかりましたが、そこから矢印が出て、「human capacity」とあったのです。「生きる力」と訳していいのかどうか迷いましたが「ああ、これだ!」と思いました。
 私が毎日描き続けてきた図がこういうふうにつながるのだ! つながらなければ「食」にはならないのだということに気がつきました。
 少し前が見えてくる気がしました。
 ついにパーツをつなげることができて「人間・食物・地域のかかわり」の全体図が初めてデビューしました(「食生活論」の121ページ)。
 1975年、京都で開かれた国際栄養学会で「nutrion education in community」という理論モデルを発表しました。当時は、学会で発表するような内容ではない、といった雰囲気がありましたが、フランス国立栄養研究所のトレモリエル博士から高い評価をいただきました。
 勇気をもって少しずつ前に進もうと思いました。
 1987年には、栄養教育の定義を初めて表し、食環境のラフスケッチを描きました。
 行政の仕事では、限られた予算の中で地域住民の健康状態をよくしていくことが求められ、しかも担当者として専門性を発揮していかなければなりません。
 そのためには、プライオリティーの高い課題を見つけて、それをどう解決したらよいかが大きな課題でした。みんなでディスカッションし、それをまた分担して進めることで課題を共有することができます。
 このような経験を踏まえ、「課題マップ」を考え出しました。「問題点の地図」とか「食のマップ」などとも呼んでいましたが、このマップが1枚あるだけで、ディスカッションが非常にやりやすくなります。このマップはいろいろな展開やいろいろな課題にあわせていくらでも形を変えて活用できます。
人間・地域・地球の食と「生きる力」の形成とこれらの循環性--農から食(事)へ、生きる力へ(足立己幸 2002)
  このようにして仮説ができあがると、理論的な検討を加え、次に実際に検証してみるのは人間同士でなければできません。できることなら、暮らしの中でそれができるかどうか、または効果があるかどうかを見極める必要があります。それを「生活実験」と名づけました。「生活実験」で効果がなければ役に立ちません。
 私たちは「生活実験」の場として、宮城県の蔵王山麓のセミナーハウスで「食事づくりセミナー」を毎年、夏に行いました。
 子どもたちは周辺にある牧場や田畑などを「探検」したり、食事づくりを構想したり、調理したり、食べたりしてその成果をカードに書き込み、ボードにペタペタと貼っていきます。
 子どもたちにも食の全体像を漠然と描くことはできるでしょうが、それが目的ではありません。全体像は軽くおさえ、パーツを深く認識し、また全体像に戻りつつさらに認識を深める訓練が効果的だとわかりました。
 子どもたちは、私たち大人が見えないもの、背丈が違うから見えるものを、いっぱい集めてきます。それを張り出していくことで、パーツが全体像につながっていきます。それを共有することが、大きな成果です。

 食育・食教育について、以前は人々のQOLのために環境をどう整備するかという暮らしと環境を主従の関係でとらえていました。
 しかし、食物は基本的には生物ですから、生物なしでは暮らしは営めないとすれば、食べ物づくりのQOLも、人間づくりのQOL同様にとても大事なことです。これからは、食べ物づくりを育てていく環境の質をもっと大きく位置づけなければいけないと考えています。

 いま、香川綾先生からの「宿題」の解答をまだちゃんと果たせていません。また、現場に戻りたいという長年の夢が叶いましたから、これからはできることなら、福祉関係と栄養の接点に目を向けていこうと考えています。
 世界的に、弱い人々には食教育とか栄養教育が行き届いていません。障害をもっている人、高齢者、子どもたち…人権が守られていない人がいっぱいいます。

 食育で求められているものは「食」です。栄養育でも農育でも味育でもありません。「食」の全体像をどうとらえるか、その中で自分は何を担当すればよいかを、きちんと位置づけて、大きなうねりの中で仕事をしていかなければならないと思うのです。
 今、人間の食がコンセンサスを得て動いているので、私たちは科学的な根拠をもって、きちんと説明していかなければ、プロとはいえないと思います。
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